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ネタバレなし。日本と台湾の絆を想う最後の1ピース。映画「湾生回家」

わかること

  • 湾生回家の簡単なあらすじ
  • 日本で唯一、公開されていた劇場は東京の岩波ホール。
  • 「湾生回家」の感想。

「湾生回家」という台湾と日本の歴史に関する映画があったので、神保町(東京)の岩波ホールで観てきました。

東京に行った用事は、お仕事の打ち合わせと年に1回の高城剛さんの講演会でこれらがメインだったわけなんですが、この映画もかなりの感動と見応えのある作品でした。

”湾生”とは?

"湾生”とは台湾で生まれた日本人のことです。

台湾が日本の領土であった頃(1895年〜1945年)に、台湾で生まれその後台湾が中国の領土となった際に、生まれ育った台湾から日本に引き上げねばならず、日本に移り住んだ台湾生まれの日本人の方々のことです。

当時の台湾は日本の一部であったので、日本語を話せる人が多くそのあたりはKANOという映画をご覧になられればさらに実感が湧くとおもいます。KANOの映画は7割ぐらいが日本語です。

<映画『KANO』についてはこちら>
【映画鑑賞ログ】日台合作『KANO 1931海の向こうの甲子園』は甲子園の季節にピッタリで感涙必須な実話映画。

ドキュメンタリー映画

ストーリー構成はドキュメンタリー構成で、撮影されたそのままを映画に編集してます。

なので、演技とかそういうのは一切ありません

何十年ぶりの再会や再会ができず、数十年前に生き別れたまま会えなかった。

そんなシーンは本当に、生のままのお話です。

上映後に湾生回家の監督と日本側のプロデューサーが来て挨拶をされていました。

この日、ラッキーなことに湾生回家のプロデューサーと日本側の監督がいらっしゃっていたので、上映後に挨拶と質疑応答をされていらっしゃいました。

監督いわく、日台交流が盛んになってきて互いの文化や言葉を知るようになってきた。そして、この映画は日本と台湾の交流の最後の1つのピースを埋めるものだということでした。

僕個人の感想になりますが、まさにプロデューサーと監督のおっしゃる通りだと思いました。

確かに、学校の授業で昔台湾は日本の領土だった歴史がありますよと聞いたことはあったけど、具体的にそれがどんな事情でどれぐらいの期間台湾が日本の領土だったかということは詳細には習っていません(いや、僕が覚えていないだけだったらすいません。。)。

僕自身、中学一年のときに当時仲のよかったクラスメイトは台湾から来ていました。

ですが、詳しい台湾と日本の歴史を知ったということはなく、ただ当時の台湾でも日本のドラマ(反町隆史のGTOなど)が放送されているんだよというのを友達から聞いた程度のものでした。

日本と台湾の歴史の中に、”湾生"という人たちがいて日本の領土になった台湾に夢を見て台湾に渡り、そして生活をした

もしくは、台湾現地で生まれ育ったが突然離れることになり、見たこともない日本を祖国と教えられ、そんな祖国日本に帰ってきてどんな生活や想いを抱えて暮らしてきたのか

親は日本人だけど、台湾人に養子に出されてしばらくしてから日本と台湾が別の国になる。その後、自分は日本人だったということを知り、親探しの旅が始まるなどのストーリが描かれたドキュメンタリータッチの本作品には、そんな実状が本当に生々しく描かれていました。

質疑応答の中で、「KANOのときは、日本寄りに作品が描かれていて台湾現地でも反対意見もあったようですが、本作品に対してはどうでしたか?」との問いに、監督は「本作品は家族の絆、親子の関係にフォーカスしたものなので、そういったことは聞きませんでした」と仰られていました。

また別の質問で、「湾生引き上げの際に、残留孤児はいなかったのですか?」との質問に詳しくはわからないとされながらも、他の関係者からの回答で「湾生の方々は引き上げの際に、罪悪感というか贖罪のようなものを感じながら日本に引き上げていらっしゃいました」とありました。

その理由は湾生の方々いわく、自分たちは台湾で幸せに暮らして安全な危険な思いもせず、無事に日本に引き上げることができたとのことです。他の、ブルネイやフィリピン、満州、韓国から引き上げてきた日本人はそういったことではなかったようです。

占領地から日本に引き上げた地域の中で、こういった感想をが大多数を占めたのは、台湾が唯一だとおっしゃられておりました。また、当時、台湾現地では台湾人に対して台湾は占領地といわず、日本の一部という表現が主流だったようです。

※上映後の舞台挨拶は録音をせずに自分の聞いた感じ、覚えている内容を文字にしたものです。大体の筋はあっているかと思いますが、完全に正確に文字に表現できた限りではないこと、ご了承ください。

どこで観れるの?

今回は1か月の限定上映を東京の岩波ホールというこじんまりとした劇場での上映でした。

ですが、日本でお試し上映的な感じもあったので、ひょっとすると近いうちに日本の各地で観られることになるかもしれません。

台湾ではもう上映が終わっているとのことでした。

日本と台湾の絆を想う最後の1ピース。映画「湾生回家」のまとめ

台湾に精通している日本人の方から、近年、特に2011年の東日本大震災以降にますます日本と台湾の絆が深くなっていると聞きました。

台湾人の方々は本当に優秀で、英語話せないよ〜とか言いながら伝わればokレベルの英語は普通に話せる若者世代の多いこと。

桃園空港で、台湾人の空港スタッフが友人たちにふざけた感じで大きな声で「加油!加油!ガンバレェ!」なんて言ってるのを通りすがりで聞いたときは笑った(「加油」は中国語で頑張れの意味)。

台湾人の友人が何人かいるのですが、その中でも何人かは日本語が本当に上手で、あなた本当は日本人でしょ?と何回も言ってしまうぐらい。

台湾人の持つポテンシャルってめちゃくちゃ高いなぁと思う最近です(もちろんどの国にも色んなタイプの人がいるので一概には言えませんが)。

東京〜大阪を往復するよりも、東京〜台北、大阪〜台北に行く方が安い時代でもあります。

もしも海外にあまり行ったことがない、英語や中国語が話せないから海外に出るのに勇気が要る、そんな方は最初の一歩に台湾はいかがでしょうか。

台北の駅前なんか日本語だらけで、ここは日本かな?なんて思ったのが第一印象です。

  • この記事を書いた人
Tsune

Tsune

26歳から3年間、セブ島、北京、台北に住む。いまは現役のwebマーケッター。得意技は美味しいお店を見つけること。特に中華。

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